心惹かれる電動工具を使わない木工 その1

工具・道具・治具

正確さや効率が一番では無い木工スタイル

今回から3回程度「電動工具を使わない木工」について書いてみようと思います。
これから木工を始めてみたいと考えている人や、既に木工を楽しんで人でも制約や考えがあって電動工具を使わない・使えない人もいることと思います。
電動工具を使わないから「初心者」と言うわけではありません。
上級者であっても「手道具」だけの木工家は多くいます。
実際に爺自身も「手道具」での作業の方が、木工の喜びをより深く感じます。
電動工具を使うことも使わないことも否定するものではありませんが、木工の持つ魅力に触れる第一歩として、「電動工具を使わない木工」を考察することには意味があると思います。
なんと言っても木工の大きな魅力のひとつは、自分の手を動かすことであることは間違いないからです。
最近感じることの一つに「手道具の再来」があります。
近頃、手道具だけで木を加工していく配信動画を多く見かけるようになってきました。
DIYショップや道具屋さんでも、明らかに景色が変わって来ていると思えるのです。
それは、これまで売り場の片隅に追いやられていた「手道具」たちが、いつの間にか以前ほどでは無いにしろ、確実にその領域を広げているのです。
爺の住む田舎だけでは無く、都会でもそのように感じられます。
また、爺はキャンプを嗜むので、音も無く(実際はパチッとか薪が爆ぜる音がありますが)燃え続ける焚き火は観ていても飽きることがありません。
実際に先日のことですが、テレビで焚き火の燃える様だけを延々と流している番組を観ました。
需要があるのでしょうね。
「配信動画」にしろ「焚き火番組」にしろ、両方とも派手な効果音や演出があるわけでも無いのに、気がつけば見入ってしまっている——そんな経験は無いでしょうか?
電動工具が全盛の時代に、あえてそれを「使わない」選択。
理由は「音」だけでは無いでしょうが、そのことも要因のひとつであると考えます。
木工と聞けば、多くの人がまず思い浮かべるのは電動丸ノコ、電気カンナ、サンダーといった電動工具だと思います。
正確で、効率的で、短時間で仕上がってしまう。
プロ・アマを問わず、現代木工の主役であることは間違いありません。
それでも今、電動工具を使わない木工スタイルが見直されています。
単なる懐古趣味ではないでしょうね。
ミニマルライフ・スローライフとか言われるものが背景にあるのかもしれません。
これは時代の求める価値観の変化でもあろうと思います。
「常に時間に追われる生活」「着信音や雑音、警告音に囲まれた暮らし」「効率や成果を求められる仕事」。
そんな日常の中で、「正確さや効率を優先しないことを思う」「あえて不便を選ぶ」「時間をかけること自体を楽しむ」行為が、心のバランスを取り戻す手段として再評価されているのではないでしょうか。
電動工具を使わない木工は、まさにその象徴とも言えます。
音が静かだからこそ、心の音が聞こえる。
電動工具の魅力の一つは、そのパワーです。
しかし同時に、大きな音と振動は、思考を止め木工を「単なる流れ作業」に変えてしまうことに繋がります。
一方、手道具の木工は違います。
鋸を引くたびに、木目の状態が手に伝わる。
鉋をかけると、わずかな違いで削り面が変わる。
鑿(のみ)を入れれば、具合一つで仕上がりが崩れる。
常に「今・ここ」に集中しなければ成立しない時間があるのです。
無心になるのではなく、むしろ感覚が研ぎ澄まされていく感覚。
この体験こそが、多くの人が木工に惹きつけられる理由のひとつです。
どうです?
まだ木工をはじめていない方、そんな心の景色を体験したくありませんか?

初心者でも始められる「手道具3選」

「でも、手道具の木工って難しいのでは?」
そう感じるのは自然なことです。
ですが、最初から職人レベルを目指す必要はありません。
まずは触れてみることが大切です。
初心者でも取り入れやすく、体験価値をしっかり味わえる基本中の基本となる「手道具を3選」を紹介します。
① 鋸(のこぎり)——切るという行為を体感する
電動丸ノコに慣れていると、手鋸は非効率に感じるかもしれません。
しかし、鋸には「木を切っている実感」があります。
引いて切る日本の鋸は、押すのではなく、力任せでなくとも、木がスッと分かれていく感覚を教えてくれます。
最初は切り口が曲がってもいいですし、美しくなくてもいいのです。
少し慣れるだけで、リズミカルな音も体感できます。
「自分の手で切った」という感覚が、作業への愛着を生むのです。
② 鉋(かんな)——削る音が、心を整える
鉋がけほど、体験価値の高い作業はないと考えます。
上達するに従って、薄く、長く、幅広く、途切れずに出る削り屑。
鉋がけが成功した時の気持ちよさは、言葉では表現しづらいものです。
最初は安価なもので充分です。
削る音があるのかですって?
快い音が確かにあります。
寒い季節でも汗をかく作業の一つです。
木の表面が少しずつ滑らかになり、手触りが滑らかに変わっていく過程を、ぜひ自身で味わってほしいものです。
③ 鑿(のみ)——叩く・差す・彫るという快感
鑿は「怖そう」という印象を持たれがちですが、実は刃物は例外なく怖いものです。
道具の種類は問いません。
切れない刃物ほど危険で怖く、切れる刃物ほど安全で省力です。
ホゾ穴を掘るような本格作業でなくても、角を落とす、溝を作る、面を取るなど、小さな作業で手道具の醍醐味を充分楽しめます。
木を「削る」「形を変える」という原始的とも言える感覚が、鑿にはあります。

忙しさの中で、あえて立ち止まるという贅沢

現代は「スピード」が大きい価値になりやすい。
早く作る、早く結果を出す、早く次へ進む。
電動工具を使わない木工は、その流れに対して静かに問いを投げかけます。
——本当に、それが豊かさだろうか。
時間をかけるからこそ見える木目がある。
失敗するからこそ、次に活きる気づきがある。
完成以上に、過程そのものが記憶に残る。
「動画配信」や「手道具の再来」で注目されている理由は、単なる「珍しさ」ではないと思います。
そこに、時代が無意識に求めている「余白」があるのです。
「正確や効率だけが豊かさではない」
ですが、電動工具を否定する必要は全くありません。
正確や効率は、今後も大切な価値であり続けることでしょう。
ただ、人生のすべてを正確と効率で測らなくてもいいのです。
手を動かし、音を聞き、木の匂いを感じる時間は、大きな心の価値をもたらしてくれるのです。
もし少しでも惹かれたなら、まずは鋸一本、鉋一丁、鑿一挺から始めてみてほしいと思います。
きっと、削り屑とともに、日常のざわめきや不要の垢も少し落ちていくはずです。
——正確と効率だけが豊かさではない。
そのことを、木は静かに教えてくれます。
それではまた。

Let’s try!

 

過去の関連記事:

鋸(のこ)について:https://sawarabi.blog/noko/

鉋(かんな)について その1:https://sawarabi.blog/kannna/

鉋(かんな)について その2:https://sawarabi.blog/kannna2/

鑿(のみ)について:https://sawarabi.blog/nomi/

 

 

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